Personal memory 1

ハートを閉じていく

圧倒的な高揚感は長くは続かなかった。たぶん、実はかなりいい気になっていたように思う。「自分は特別なのだ」という誇らしい気持ち。すごいことをしていく使命なのかもしれないと。認められたと思っていた。

翌週のレベル2のコースで痛い仕打ちを受けた。自己紹介で意気揚々と前世療法のセラピストであると話した。まだつい先日初めてセッションをしたばかりのかけ出しだったけど、思いきって言ってみたのです。

最初の休み時間に一人の年輩の女性が近付いてきて「あなた過去生が見えるんでしょ?私のは見ないでね」と挑戦的に言い捨てて行かれた。

あまりのことに何も言うことも「わたしが見える訳ではない」と訂正することもできなかった。6日間のコース中、ずっと避けられていたような気がする。わたし自身もまともに話しかける勇気もなくなっていました。

ずっと考えていたのは「なんで?」だった。全く初対面でなんであんな事を言えるんだろう。信じられないと非難する気持ちもあった。わたしが彼女に何をしたというのだろうか?存在だけで嫌われた?

そのせいかコース中はイエローとゴールドの含まれたボトルばかり選んだ。どちらも素晴らしい意味を持っているのだけど、マイナスな側面の混乱と恐怖、理解できないという罠に落ちていった。みぞおちの辺りがムカムカしてほとんどコースの内容は覚えていないという有り様(笑) 1ヶ月後再受講するも、今度は逆の立場からの逆襲のような展開で大変でした。

レベル2のコースはイエローのコースと言われるように、多くの知識を学び吸収していくコースです。レベル1からすると急にバージョンアップしているので戸惑うことは多いと思いますが、まさに、そのままわたしも巻き込まれていきました。チャクラではパワーの領域。イエローは個人をあらわす色でもあり「自分は何者?」を他人を通して知るということになります。

わたしは何者なのだろう?

自分は特別かもしれないという喜び、でも、それは逆に分離感も生み出す。それを解らせる為に、使者を送ってきたのかも?と今は思っています。だってあまりにも出来過ぎのタイミングです。自己紹介で名乗っただけで嫌われるなどということが起こり得るでしょうか?

仮にも女性実業家としてバリバリ働いている分別のある大人の方が、わざわざひよっこに釘を刺すものだろうか、と今ではふと考えたりします。もしかしたら、彼女にはわたしの未来が見えていたのかもしれないとも思う。

2003年から少しずつマスターリーディングというやり方で他人の過去世を見たり、マスターからのメッセージを伝えることをやっています。もちろん普通に歩いているだけで勝手に見えるということはないけれど(笑) 彼女にはそれを恐れる気持ちがあったのかもしれない。

しかし、その当時のわたしは、そんなこと考えもしなかったので、ただただ混乱して怯えていました。この仕事をしているというのは言ってはいけないことだったのか、それだけで誤解されたり避けられることも覚悟しなくてはいけないのか・・・すごく不安で心細く、意気揚々としていた時の反動は思いのほか大きく立ち直れないダメージを受けていました。

なので再受講のグループでは「心理カウンセラー」と中途半端に名乗っていたと思います。すると今度は「ヒーラー」や「占い師」がいて、周りの人達が興味津々の扱いでしたので後悔したという(笑) 単に目立ちたがり、でも非難されるのは嫌というわがままな自分が見てとれました。

かけ出しで自信がなかっただけだと思う。だから周りの反応や他人の意見に振り回されていたのです。どうしていいかわからず混乱していました。そして確実に守りに入りました。

ハートを閉ざしました。自分の感覚を信頼したり自由に表現していく勇気はなくなりました。オーラソーマとの関わりも補佐的なものでいいと思うことにしました。

なにしろ、まだまだセラピストとして始めたばかりだったのです。この仕事にしてもずっとやっていくのか不安でしたし経験を積む必要性はすごく感じていました。だから、しばらくは退行催眠療法一本を大切にやっていこうと決めました。

カウンセリングや催眠療法は数年に渡り学んできた自信がありました。それを実践していく意欲は揺るぎなかった。だから、きっとオーラソーマも時間を経たらやれる時が来るかもと思っていました。単なる一過性なものでなければ、必ず続きをしたくなるはずだと・・・そう思って一旦閉じることにしたのだと思う。今できること(したいこと)をすると決めた。決めたら迷いがなくなった。

周りも丁度いいくらい後押ししてくれた。ボトルの色が安定していない時期だったことも幸い?した。色の変色について文句を言ったわたしに「オーラソーマのセラピストは無理」とはっきり言っていただいた(笑)

その時は頭にきて心の中で「上等じゃない!フン」と決別した。こっちこそお断りみたいな気持ちを強固にする為か、プラクティショナー登録をしてもIDカードが届かずじまいだったり、ぎくしゃくした状態が続きました。2年後の更新手続きも見送り現実的な地に足のついた生活へと旅立って行きました!

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