Diary

理解を得る機会             2005.10. 1 SAT

この日記はやっぱり変かも(笑) 大抵起きた日より3日とか一週間とか時間が経ってから書いているので正確には日記と言っていいのかどうか。まあ、そんなことはどうでもいいですね。

今回の帰省および法事の意味を考えていました。母方の祖母の50回忌。普通であれば50回忌を経験することはめずらしく、早く亡くなった場合がほとんどみたいです。

確かに死後50年経った時、執り行ってくれる親族がいる例は多くはないものね(笑)

母方の祖母も例外ではなく39歳の若さでこの世を去りました。39歳・・・偶然かもしれないけど同じ年齢になった孫がわたしです。当日になるまでその件を知らされていなかったので正直びっくりしました。

やっぱり意味があるように感じました。もちろん、その頃とは時代も全然違うから同じ歳といっても印象は違うと思うけどね。でも、やはり見た目うんぬんより年月は同じです。

改めて祖母の人生を思いました。今の自分の年齢で2人の子供を残して死んでいく時の無念さはたまらなかっただろうと思います。夫は既に戦死し、女手ひとつで必死に生計を支えてきた祖母。

今の自分だったらできただろうか?と思うと涙があふれてくる。

法事の最中ずっとそのことを考えていました。そして立派に成長し家族を持ち元気に生きている2人の子供達を見守り喜んでいる感覚が浮かんできました。

自分が先に逝ってしまい残された子供達が不憫で自分を責めたり、もっと丈夫で長生きできれば、この子達に苦労をかけないでよかったのに・・・

こんなことなら結婚したり子供を産んだりしなければよかった・・・と何度も後悔したかもしれない。自分の命が早く尽きると知っていれば寂しい人生だったとしても辛くはなかったと思う。

でも、逆に、そうだったからこそ、この子達は自分の力で人生を切り開き本当の幸せを創りあげることができた。母親の50回忌を祝ってくれるくらいの優しい気持ちを持った子供達に恵まれたとも言える。そして、孫達の人生も見守ることができている・・・

そう思うと、やはり、私の人生はよかったのだろうか?

・・・・・な〜んて勝手に色々想像したりしてね(笑) でも、案外祖母も同じように考えたこともあったのではないかと思います。なにせDNAには流れていますからね。それに、そういう思いが今生の人生に影響しているような気も否定できないのです。

わたしの中にずっとある思いが子供や夫を守れないかもという恐怖なのです。引き裂かれる記憶、それは過去生かも?と思っていたけど、もしかしたら祖母からの流れも関係あるかもしれません。

実際過去生体験の中にこのような記憶の場面は今のところありません。あるような気もするけどあえて見てみたいとは思えない感じ(笑) たぶん、あることは間違いなさそうだけどね。

だからこそ、それと関係する血筋に惹かれて今生の家系を選んだという可能性も強いです。祖母の無念を浄化するためにも娘として見届けたいのかもしれませんしね(笑)

それに、もしかしたら生まれ変わりというセンも皆無ではないと思っています。ちょうど10年後だから転生してきている可能性も大ありです。

まあ、そんなことを少し思いながら過ごしていました。そして、今回の帰省での一番の収穫は自分の生き方や仕事を認めてもらえたんじゃないかな、という体験でした。

法事の後に食事会をしたり久しぶりに集まって親戚の人達と話す機会に恵まれ、今の仕事を説明しながら簡単な質疑応答の中で仕事ぶりの一部を見てもらえたのです。

セラピストという仕事を普通の人に理解してもらうのはなかなか難しいものです。

たまたま色々な一般的な悩みや社会問題についてやり取りをしながら、わたしの仕事への姿勢、考え方を話すことになり、次第に個人的な悩みをカウンセリングみたいに話し合う流れになって行きました。

最初のうちには思いもしなかった展開です。しかし、やはり信念を持ってやっていることでもあるので、解決の糸口がみつけられるようにアドバイスをしたり引き出すことになっていき、終わってみれば仕事をしているような感覚になり親もびっくりしたと思います(笑)

もちろん本格的には無理ですが、あの場でできる限りのことをしたと思います。多少は役に立てたのではないかと思いますし、ちゃんと本気であることや、それなりに腹が据わっていることを知ってもらえたかも。

「自信を持ってやっていることが伝わった」と言っていただけました。

今まで自分なりには大丈夫とは思いながらも、心のどこかで引け目を感じている部分もあったのです。特に結婚していないこととかね。田舎の親戚には理解してもらえないだろうな〜と、やはり後ろめたかったです。もちろん、親には一番申し訳なく思っていました。

でも、自分で選んだ人生だから堂々としていたい気持ちもあるし・・・

まあ、でも結婚はともかくとして子供は無理かもしれないことは認めざるを得ない事実だし、そういう面も含めて認めてもらえると言うか理解して受け入れてもらえたらいいなと思う。

もちろん否定されても仕方がないし、それでも一人の人間として身内として付き合ってもらえれば嬉しいという感じ。わがままなのは自分でも承知だからね(笑)

なんとなく、無理矢理認めさせちゃったような気もするけどね(笑) まあ、でも、今回の法事がきっかけになったことは事実なので、やはり祖母に感謝です。少し安心して今後もがんばって精進したいと思います♪

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