I believe 2

イメージは難しい?

イメージは難しいと言うけれど本当にそうだろうかと思う。まず、イメージについて偏った思い込みがあるように感じます。上手くできるとかできないとか言うけど、果たして上手くイメージできるってどういう感じなんだろう?と考えてみた。逆に上手くいかないイメージもどんなものか?

そもそもイメージには、いいも悪いもないんだよね。「イメージ=心の中に思い浮かべる姿・像。感覚像。心象。」(岩波国語辞典) そう、誰にだってできること。毎日あらゆる場面でイメージを使っている。イメージすることができなければ、わたし達は考えたり思い出したり会話を組み立てていくことすらできない。

寒いと思うから暖かさを求めるし、お腹がすいたら食事をするということもイメージを使っています。頭の中で思考したり考えたり感じたりすることもイメージと繋がっている。誰かを好きだと思ったり許せないと感じたり喜怒哀楽すべての感情もイメージすることなくてはあり得ない。人間がロボットでない印がイメージする力だと思う。

たぶん、あまりにも当たり前すぎて気づかない。毎日の生活でどれだけ使っているか改めて考えてみると納得できる。イメージは誰でも普通にできる。でも、それを生かせるかどうかの違いかなと思う。

何かを作る仕事をしている人は意識的にイメージを使っています。営業マンもイメージは大切にしていると思う。運動選手は当然・・・と、そのくらいは普通でもわかる。でも、主婦だって料理したり買い物する時はイメージしないはずがない(笑)

そういうイメージじゃなくて・・・と言う声も聞こえてきそうなのでセラピーの話。セラピーだってなんら変わりはない。最近では、その辺を考えてイメージするとはどういうことか事前にシュミレーションするステップを追加したので、ほぼ全員の人がイメージすることが可能になっています。

ただ、もちろん、納得できるレベルまで受け取れたかどうかは別の話ですけどね(笑) それについても、順次お伝えします。まず、誰にでも普通にできるし日常でも使っていることはわかって欲しいと思います。それがOKでないと先が進まない(笑)

仕事で使っていたり意識して使っている人は当然のことながらイメージ力は豊かです。だって、鍛えていますからね(笑) やはり意識しないと勿体無いのも事実。でも逆に意識することにすれば誰でも簡単にできる♪

例えば日常の友人との会話でも訓練することができる。昨日見たテレビドラマの場面について話し合うとする。どういう台詞が良かったか、どの服装が素敵だったか、お互いに細かくシェアーしてみる。できるだけ具体的に演じてみる。

また、見逃した友人にストーリーを話してあげるのもいい。そういう習慣をつけると、次からは、もっと真剣にドラマを見ることになる(笑) 何気なく見落とすということがなくなり何倍も楽しめる。つまり、誰か聞いてくれる人がいる、わかち合う人がいるという張り合いがあると記憶したり表現することが楽しくなるのです。

実際わたしも学生の頃はものまねが大得意でした(笑) 主に先生とかクラスメイトの真似をなりきって演じ支持を得ていました。今思うとそんなに似ていなくても雰囲気は伝わったのだと思う。誰かになりきることは、その人を理解することも必要なので、過去生を体験する時とも重なります。それに、ものまねなんてイメージを使わなければ絶対できない。ホントやってみるといいですよ(笑)

想像力って子供の頃は誰でも豊かです。空想じゃない?と思うかもしれないけど空想も大切です。でも、大人からしてみればくだらないことを言っている様に見えるのでいい印象はないかもしれない(笑) それに、付き合うのも面倒だし・・・ね? この辺で違いが生まれてきます。きっと、そう思う人は自分の子供の頃、親や大人からそう言われたりした経験があるはず。

もちろん、わたしにもあったと思う。でも、あまり気にしなかったみたい。大人にはわからないんだなと思い嫌がる人の前では言わなくなったけど、自分ではその部分を変だとかダメだとかは認めてなかったように思う。頑固だったし生意気な子供だったから(笑) 世界文学全集とか物語を読むことが好きだったので自由に自分の世界を探求することができたのもラッキー?だった。

今と違って昔はテレビやマンガも多くなかった。それに我が家の方針で制限されていたので活字に求めるしかなかったのね。マンガ、本当はすごく読みたかったけど買ってもらえなかったからね〜 人に借りたりするしかできなかった。当時はマンガを読むと頭が悪くなるって言う時代でしたので当然の判断です(笑) ものすごく恨んだけど今では感謝しています♪

なので今からできる訓練?としては、できるだけ本を読むことをおすすめします。それも小説とが物語、歴史絵巻みたいなものがいいです。想像力で補うしかないような海外物や歴史物は、イメージ初心者には、かなり読みにくいと感じるかもしれないけど試してみてください。何が良いかというと、いい感じの適当さを体験できると思います。

イメージするということは正確であるかどうかは関係ない世界です。むしろ正確さにこだわると難しい。今の時代、正確に伝えたり考えたりすることを求められますが、それだけではダメなんだと思う。仕事の場面なら必要だけど、そうでないところでは息抜きが必要です。

仕事ですら遊びの要素や楽しさを取り入れないと大きく発展できないという現実がそこまで来ています。もう、正確であることは当たり前、プラスの部分が味や魅力になりイメージが必要になる。

セラピーでも、いい感じの適当さが大切です。些細なディティールはどうでもいい。そこから何を得ることができるかなのです。木を見て森を見ずでは大事なことを見落としてしまいます。大雑把にでもいいから感じられたらOKと思うこと。すると、時間とともに別の部分にも気づく余裕が生まれてきます。

まず肯定すること。細部まで理解しようと焦り過ぎないこと。焦ると、すぐにダメだと判断して大事なことを捨てることになります。

時々思うのは、ホントにいい場面を体験しているのに、そこから得ることができなくて残念だなという感覚です。もちろん、後で気づきが起こることを信じていますが、でも、すぐに受け取れたらどんなにいいだろうな〜とも思う。ある種のジレンマ。わたしには見える繋がりや大きな気づきのポイントに気づけていないことが歯がゆかったり・・・(笑) でも、本人に伝えることはできません。それは、自分で気づくことに意味があるからです。

先週テレビを見ていてクマの親子にピンときました。子供達に川を渡ることを教えていて、流される子熊を見守る母熊の強さに感動しました。見ているわたしはハラハラして早く助けないと大変と思うのだけど、じっと見守り、自力で子熊は戻ってきます。そして次は、もう少し流れの緩やかな場所へと移動し川を渡らせます。今度は成功。その後褒めているように見えました。

なんだか優しい気持ちになれて嬉しかった。以前はライオンのお母さん(お父さんかも?)の崖から突き落とし登ってくる試練を与える場面を見て感動し、ライオンの育て方に共感したけれど、今は、この母熊の様な存在でありたいなと思う。実際、わたしの母親はライオン流でした(笑) わたしには良かったと思うけど一般的には厳しすぎるのでクマのお母さんを支持します♪

だから、こういうページを作ることになるのかな。多少はアドバイスやヒントは与えたい。もちろん、全部受け入れられないかもしれないけど、とにかくやってみます。ご意見ご要望は歓迎します。でも、すぐに反応できるかどうかわからないので期待しすぎないでね(笑)

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